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2018年9月14日 (金)

野村紘一氏が都心の不動産の販売にこだわる理由と判決のこと

野村紘一氏はバブル期に都心に住むことを推奨し、そのための様々な物件を効果的に販売したことによって現在の都心のマンションブームや住宅ブームを作り上げた先駆者と言われています。特にバブル期は都心の土地の価格が非常に高騰しており、いわゆる地上げなども発生していた時代であったためなかなかその場所に住むと言う事は出来ませんでした。また実際に様々な物件が販売されても投資目的で購入する人が多く、そのために高級住宅街は実際にはゴーストタウンのような状況となっていることも多かったのです。しかし、野村紘一氏は都心の様々な地域は交通インフラが発達しており施設も充実していることから生活環境が非常に整っており、その環境を効果的に利用することで最高の住環境が得られると考えていました。
しかし、当時の都市の状況は都心部には企業のオフィスが乱立し、その土地の価格が高いことをステータスにしていた風潮もあったのですが、そのために通勤環境は劣悪なものとなっており、これも大きな改善の余地があると野村紘一氏は考えていました。
その中で都心の住環境を盛り上げるためには富裕層にアピールすることで高い効果が得られると考えており、この富裕層に受け入れられるためにさらに様々な付加価値をつけることでその優越感を煽る戦略を打ち出しました。これが当時億ションと言われたベルテシリーズであり、その当時はあまりの高額な価格設定にほとんど売れないのではないかと言う意見もありましたが、実際に発売をしてみるとそのほとんどが即日完売と言う大人気となったのです。その理由は富裕層のステータス意識を刺激したことと、当時はなかなか住むことができない都心に住むことが富裕層の満足感を得ることにつながったと考えられます。
野村紘一氏のこれらの戦略は都心に住むことが多くの人の憧れとなる流れを生み出し、その流れが現代にまで引き継がれています。最近でも都市部のマンションの人気は非常に高く、販売されると即完売と言う状況になっているのは野村紘一氏の功績であると考えられます。
ところで先日初めて裁判の傍聴に行ったのですが、傍聴側なのにとても緊張しました。一番緊張したのは判決の場面です。息を飲むくらい緊張しました。

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